葬式展を終えて&重たいこととか

葬式展!無事おわったよー!

っというわけで今回の葬式展
もちろんテーマはお葬式、、、、

ふむ、、、、本当は自分自身が猫作家だから
うーん!猫を酷いこととか悲しい事になる絵を描くのは
ちょっと厳しいからどうしようかなーって考えていて
※猫には絵の中では常に幸せでいて欲しいからね

なので今回はあえて葬式展なのに
死んでないよー!っていう 幽体離脱ごっこをしていて
ほかの猫はビックリ!っていう絵にしたよ

死!

死ってテーマがやっぱりどうしても重たいよね

死、、、まぁ前 LINEブログの方の過去の記事の
どれかで自分自身の過去にあった苦しみとかも
ちょっとかいてるからそれを見てもらえれば
どんなことがあったかはわかるんだけど

約10年近くとても辛い状況で
人間不信になって 知り合いもほぼいないし
携帯番号とかは絶対に人に教えないし
全てにたいして拒絶していたじきがあったのさ

それについては詳しいことは割愛するけど

自分の中で死っていうのは憧れでもあった時期でもあるんですな。
いつか死んで全て無にして苦痛から逃れたい
そんな感情が常に365日×10年間
笑おうとしても笑えなくて食事を取ることも苦痛で
生きているのが何の理由があって 全てにたいして自分自身が
たんなる歯車で何を?何が?どうして?なんで?

なそういう思いばかりが頭の中でぐるぐるぐるぐるぐるぐる

生きていたらいい事あるよ って言葉が嫌いなのは
生きていたらいいことあるっていう未来の確証は誰にもわからないしね

でも、その10年間を超えて 普通の職業になった今は

生きていてよかった って心から思えるし
生きていて楽しかったし、出会えた人達や応援してくれている人には
感謝をしているのだよ。 特に作家活動を始めてから確実に
色々な事が動き始めたと思うし。

っで今回の葬式展では
死について、自分自身が笑い飛ばしてやろう!
目一杯面白おかしくやってやろうって思って

特に僧侶時代(約3年)が一番の地獄だったから

今回の展示最終日の前日に店主さんにちょっと聞いてみて
葬式展だからインチキ読経をさせてー ってお願いしてみたんだよー

お経

それは騙されて無理やり僧侶にならされて 心が本当に最終的に壊された
因縁でもあるから

僧侶を辞めるまでは ほぼ暗記していたのに
辞めた次の日には 般若心経ですら 思い出せないくらい
本当に重い重いトラウマでもあったんす。

だから、今回は因縁にたいして決別を告げる意味での
インチキな読経をしてやろう!っておもったんすな。

本当は来月の3月のイベントの読経ライブペイントイベントで
お経を笑い飛ばしてやろうって思ってたんだけどね
ちょっと早くなったよ。

っというわけで 木魚はもちろん家には無いので
アコースティックギターを木魚代わりに
トライアングルを鈴(りん)がわりに
手で鳴らす鈴(すず)を錫杖がわりに

へんてこなお経をやってみたのだ。

はたからみたら なんやこいつ!きっしょ!
って思うかもだけど

それはそれで 我輩の中の一つの何かなんですな。

わいは宗教は僧侶をしていたときからいうのはなんだけど
特に信じてないんす。

神仏の教えって 生活のための知恵てきな
人と人と仲良くしようっていう事が表面的なところでは書いてあるだけだし
良いことは書いてあるから良いことだと思うんだけど

中に入り込むと お金 っていうものがとてもいやらしくまとわりついてくるものなんです。

極稀にだれだれさんっていう人はお金をもらわないんですよー

っていう怪しい教祖さんみたいな人はいるけど じゃーどっからお金が発生しているの?
生活のためにはお金は必要でしょ? なにかおかしいよね?

っておもうしね まーそういう人ばっかりではないとは思いたいんだけどね

まーいつか人は死ぬさ 人だもの
でもさ、もし神仏がいるのならば 苛められて虐待されてなにも楽しいことが一切無く
辛い思いだけをして死んでしまった人はどうして救われないんだろう?

他にもさ、家畜とかって人間にとっては必要なものだしお肉はおいしいよ

でもヒヨコは雄だったら生まれてきてすぐに殺されてしまうし
みんなが食べている肉なんてみんな幸せな時期はあったんだろうか?
祟りがあるのなら、家畜業者の人なんて凄く牛豚鳥とかに恨まれていて
全員短命でなければいけないけど そうではないと思うし

じゃーやっぱり祟りなんてないんじゃないかなーって思うしね

何だろうね、そういうめんどくさい事を考えない方が人生って楽しいっておもうんだよ

お肉はおいしい! でも心の中で生き物にたいしてありがとう って
食ってるのになにいってんだ? っておもうかもだけど 勝手に思いたいし

人間だって 特にだけどいじめ自殺・パワハラからの自殺、どうしようもなく死んでしまった人
死を選ぶことによってしか苦痛から逃れられなかった人達には
幸せな人生の後の世界を楽しんで欲しいっておもうんす。
本当はきっとだけどかってにだけど、死を選ぶほどの苦痛を感じていたのなら
その元凶にたいしてぶっころしてやりたいほどの感情も絶対あっただろうけど
それを選ぶことによって迷惑がかかっちゃう残された人に対してわるいなっていう気持ちもあったのとおもうし…

きっと本当に本当はやさしい人達だったはずなんだろうなっておもうしね….

そういうわけで、
もしさ死にたいなって思ってるときって 楽しそうにしている奴らに対して
むかつく!!楽しそうに!しやがって!! とか思っちゃうかもしれないけど

あえて楽しそうにしている奴と一緒の なにか楽しそうなことややってみたいことを
やってみたりしてみることが大事かなーって思うよ

たとえば しにてぇなぁ・・・ っておもったら
勇気が無かったけど!死ぬ前にいっぺん!バンジージャンプとかチャレンジしてみようかな?
へっへっへ 飛び降りの練習だぜー! とか ロッククライミングの練習いっちゃって
がけから飛び降りるために!!がけのぼりからチャレンジだぜ!とかね
まーひとそれぞれ 色々やってみたらいいかっておもうよ。

まー思いのまま適当に書いてるのでダブってるようなことをいろいろ言っているかもしれないけど

死は常に身近なのです。

自分自身も明日死ぬかもしれないし、あと50年は生きるかもしれないし だれにもわからないけど

人それぞれ、死ぬときには あーー!!よかった! いろんなことチャレンジしたし!
たのしいこともあったし! いろいろやってよかったはー! っておもって悔いなく死にたいものですな。

わいがもし死んで
お葬式をやることになったら そのときはみんなが全力で馬鹿みたいに楽しく遊んで
くっそみたいな最高で最悪でヘンテコな葬式展をやってくれたらうれしいなーって
思ったよ。

まっだまだや!もっともっとやりたいことも もっともっとチャレンジしたいこともあるし!!
もっともっと有名になってやるから! だから わいの人生の最後までっ!
楽しいことをいっぱい詰め込んで 最高の結末を 最高の人達で いつか!
最後にどーーんってね!やりたいって思ったよ。

生きろ!! このやろう! 生きろ!
死にたいって思うなら 楽しいことをいっぱいしよう!
なにがたのしいか わからないなら 楽しいことをいっぱい想像してみて
わっからないけど 夢を語ろう! うぉーーー!! いきろーー!! 無理なく我慢せず! いきろー!
わっしょーーい! わい!! 生きる! たぶん! がんばって! 生きるよ!

っというわけで色々な思いをじつは混めていた
展示だったんですな。 良い機会でした! 色々急にお経をあげさせてもらったり
本当に感謝感謝!

「葬式展を終えて&重たいこととか」への2件のフィードバック

  1. 初めまして
    なかなか面白い芸術活動をされてますね
    葬式展もCBCラジオで取り上げられたようで、良かったですね

    返信

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